軽井沢からちょっと足を伸ばして”裏浅間”へ 黒斑山で初冬トレッキング
軽井沢を見下ろすように佇む雄大な浅間山。軽井沢に到着すると真っ先にその姿が見えるせいか、見慣れてくると”いつもの人”に出迎えられているように感じる。しかも、見るたびに稜線が美しくなっている気がして、冠雪をした日には見惚れてしまう。人工の建造物って見飽きるけれど、山はむしろ存在感が増していくから不思議。
そんな浅間山は、いつも軽井沢側から見える姿は南側の側面。見慣れている側を”表”とすれば、”裏”はどうなってるんだろう?─と思い、調べてみたら黒斑山(くろふやま)という山から”裏浅間”が見えるらしい。ときは年末、冬休み。久々に雪山に行きたい気持ちも相まって、黒斑山へ登ってみることにした。
知らない山はガイドさんに教えてもらうと10倍楽しい
黒斑山の登山口は軽井沢から車で45分ほどの高峰高原にある。これまでもロードバイクで車坂峠をヒルクライムして何度も訪れたことのある場所。登山口付近も自転車で何度も通り過ぎていたが、まったく知らなかった。違うスポーツをしていると、まったく視点が変わるものだ。
登山口から黒斑山までは往復約5km、獲得標高は400m。それほど難コースではないが、初めて登る山だし、しかも雪山ということで、今回はガイドさんに案内してもらうことにした。調べてみると浅間山麓国際自然学校というNPO法人で黒斑山を始めとするガイドツアーを実施しているとのことだったので、雪山装備(この日はスノーシューとストック、必要であればシューズ、お弁当付)を含む料金6,500円で案内してもらうことにした。
この日は、気象庁が警戒を呼び掛けた年末の「寒波襲来」の前日。幸い、天気が激変する”潮目”だったようで、風もない穏やかな天候に恵まれた。そのおかげで、目の前に広がる雲海の先には八ヶ岳連峰や中央アルプス、北アルプス、そして遠くにそびえる富士山も拝むことができた。
景色に加えて、ガイドさんの話も山歩きを退屈させない。行く手に現れる木々や植物の特徴を話してくれると、見慣れていた木々がまるで人のような個性を放ち始める。光合成をしなくても生きられるしらびそや、害虫がつくと表皮を落として自分を守るダケカンバ等の話には痺れた。人間なんかよりよっぽど強いし、頭がいい。
「僕らはインタープリターっていうんですよ」と、ガイドの男性がいった。いわゆる自然の「通訳者」だ。”山のガイド”といっても、山の難易度によって求められるスキルは違う。険しい山なら安全に登るスキルが求められるけれど、トレッキング程度の山でいうガイドに求められるスキルは、自然と人との間に立つ通訳能力というわけだ。
植物等の話にとどまらず、動物が現れるスポット、周囲の山の名前、浅間山の歴史、浅間山の噴火警戒レベルとそれによって周辺の登山事情がどう変わるのか等、ことこまかく丁寧に教えてくれた。まるで言葉がわからない外国の美術館で日本語の翻訳サービスを聞いているよう。ガイドを利用するのは今回初めてだったが、なるほど、初めての山で装備も貸してもらえてこの解説がつくなら、とても価値がある。
雪が引き立たせる自然の造形
そんな話を聞きながら1つめのピーク「槍ヶ鞘」(やりがさや)に近づいていくと、コーナーから人が現れたような突然感で浅間山が佇んでいた。思わず「おおっ!」となる近さ。ガイドさんによると槍ヶ鞘は「山雑誌でもよく使われる絶景スポット」とのこと。さすが、人気のある山は魅せ場もしっかり用意されている。
厳密にいうと、黒斑山から見えている浅間山は浅間山ではなく、「前掛山」という別の山らしい。その先に見えているのが「鍋山」という浅間山の頂上部分とのことだが、ガイドさんによると、この前掛山も含めて人は「浅間山」と呼んでいるのだそう。
ちなみに、浅間山の現在の噴火警戒レベルは「2」(小噴火が起き、2km以内に噴石が火砕流が飛ぶ)なので火口付近に近づくことはできないが、過去に「1」に下がったときには、まるで夏の富士山登山のように前掛山の登山道が渋滞を起こしていたという。私も夏の富士山を経験したことがあるので込み具合が想像つくが、それでも普段登れない山というのは、なぜか登ってみたくなるものだ。
写真左側に写っている尾根は、今立っている黒斑山とつながっている蛇骨岳(じゃこつだけ)という山。というとお気づきだと思うが、黒斑山は浅間山の外輪山で、その中で最も標高が高い地点なのだそう。深くえぐれ、再び浅間山に向かってカーブを描く斜面。うっすらと積もった雪が、浅間山のスケールをさらに引き立たせていた。蛇骨岳まで尾根伝いに歩いてみたかったが、痩せ尾根で、かつ風が強く吹き付ける場所だったため、この日は黒斑山をピークに下山した。
下山の道中、ガイドさんはアイゼンでは歩けない‟スノーシュー特区”を案内してくれた。スノーシューとはいわゆる「かんじき」のことで、雪深い場所でも足が埋まることなく歩けるため、圧雪されていない場所でも自由に動き回れるのが特徴だ。
手つかず、ならぬ”足つかず”の場所に今日一番で足跡をつけると思っていたら、ガイドさんが「それはカモシカ、それはうさぎ…」と”先客”万来だった。期せずして、雪上の動物の足跡を見つける「アニマルトラッキング」がスタート。「この足跡でまっすぐ歩いていたらキツネ、フラフラ寄り道していたらタヌキ」─。この説明を聞いて、タヌキにシンパシーを感じたのはきっと私だけではないだろう…。
その他にも、お尻と足がセットになっているうさぎ、小さい足跡だけど歩幅が大きいカモシカ。その足跡の先に目をこらしても動物たちの姿は見当たらない。逆にきっと我々をどこかで見ているのだろう。どちらが観察されているのかわからない気持ちだった。
雪が魅せる、春夏秋とは別の表情の山。こんなに気軽に雪山を楽しめる場所が、脚を伸ばせばすぐ近くにある軽井沢。
今シーズン、もっと雪が積もった頃にもう一度訪れてみようと思う。