自転車天国・白馬<前編> MTBで滑走するスキー場の‟天空”トレイル
軽井沢でのリモート生活を始めて良かったことの一つに「山が近くなった」ということがある。山は山でも、北アルプスだ。近いといってもクルマで2時間ほどかかるが、それでも東京から向かう場合の約半分の時間で行くことができる。そんな”地の利”を生かして今回訪れたのが白馬エリアだ。スキー場のイメージが強い白馬だが、最近は”自転車天国”として大きくイメージを変えてきているという。これは自転車を愛するサイクリストとしては確かめにいかねば。ということで、時は秋真っ盛りの2020年11月。少し前の話になるが、サイクリスト目線で堪能した白馬リポートを前後編の二本立てで紹介する。
「軽井沢発」という地の利
北アルプスへ行くということは、東京にいると一大イベントになる。重たい腰を上げ、行く日を決めたらその日まで天気予報とにらめっこ。晴れればこれ幸いだが、悪天候に振れたときのがっかりようといったら、ない。行くことをすっぱりあきらめるときもあれば、「宿をキャンセルできないから行こう。晴れるかもしれないし…」と言い聞かせながら現地に向かうときもある。
それが軽井沢にいると、天気の動向が確実に見えてきたところで「明日山に行こうか!」という動きができる。なぜなら事前に宿泊先を手配する必要がないから。もちろん直前で宿も手配できたらラッキーだが、できなければ夜遅くなってもクルマで2時間程度で帰ってこられる距離なので、東京から行く場合と比べて体力的にも気持ち的にも負担が大きく違う。今回の白馬行きも、天気予報を見ながら週末の晴天が確定した時点で思い立った。山好き・自然好きな自分にとって、こうした動きができることは東京から解放されたリモート生活の利点でもある。
秋真っ盛りの白馬岩岳トレッキングからスタート
今回の白馬での目的は「自転車天国」になったという情報の真相を確かめること。白馬といえばスキー場のイメージが強いが、スキー人口が減少している近年はグリーンシーズン(スキーシーズン以外)のスキー場をマウンテンバイク(MTB)のフィールドとして”二毛作”的に活用し、それがヒットしているという。一方で白馬山麓に位置する小谷村(おたりむら)でも、地形を生かした自転車用のヒルクライム(峠を上る)コースを作成したりと自転車を活用した地域活性に力を入れている。
MTBもロードバイクも楽しめるという、一度で二度美味しいフィールドを確かめるべく(単に遊びたいだけ)、午前はMTBでダウンヒル、午後にロードでヒルクライムという欲張りな日帰りプランを立てた。
当日は軽井沢を朝6時半に出発し、8時半に白馬村に到着した。まずはダウンヒルのスタート地点である白馬岩岳の山頂を目指すべく、登山口近くの無料駐車場へ。山頂まで約8分で行けるゴンドラ(大人往復1800円)もあるが、秋真っ盛りの山を目の前にしてトレッキングしないわけにはいかない。ということで我々はトレッキングで山頂を目指すことに。頂上までの所要時間は大体1時間半程度。トレッキングコースがしっかり整備されているので、歩きやすく、迷うこともない。
9時に登山開始。天気予報を見て決めたのだから、もちろん天気は快晴!しかも紅葉も見ごろ! 山行はいつも日程優先で訪れることが多かったので、天候や紅葉の色づきにどんぴしゃでハマることは稀だったが、‟近所”だとこんなウルトラCができてしまうのだ。
こんなに気持ちの良いルートなのに、ゴンドラの存在感が大きいせいかトレッキングしている人の姿はまばら。こんな日にトレッキングをしないなんてもったいない、と思いつつ、静かに自然を満喫できるのはそれはそれで嬉しい。
ときおり、我々が歩いているトレッキングコースの横をMTBに乗ったサイクリストが疾走していく。岩岳の頂上から下ってきた人たちだ。山頂1272mから標高差521mを駆け降りる3672mのダウンヒルコース。これが我々が目指しているアクティビティだ。
森の中をMTBで滑走できるなんて、なんて贅沢なトレイル。こういう遊びができるという点ではMTBはとても魅力的な自転車なのだが、実際に自宅で保管するとなると場所はとるし、遊べる場所は限られるしで、なかなか食指が伸びないのが実情。でも、だからこそこういうフィールドで単発的に借りられるレンタルMTBというサービスはユーザーニーズに合致しているように思う。
スキー場に眠っていたポテンシャル
1時間ほど歩いたところで森林を抜け、眺望が開けた。どの山でもいつも思うが、樹林帯を抜けたこの瞬間、頂上を目指す気持ちが強くなる。見える山は何だろう。右は戸隠山で、左の尖がっている山は高妻山だろうか…? 形状で見分けられないので推測で。
木々がなくなったことで、頂上から下ってくるMTBの姿もよりいっそう間近に感じるようになる。ときおり、道が細くなる場所もあるが、コース上の至るところにトレッキング・MTB双方の専用ルートを分ける標識があるので歩行者と接触する危険性はない。
さらにはMTBのルートには砂利が引かれ、周囲の自然環境に負荷がかからないようになっている。MTBは山を荒らし、歩行者との接触事故の危険性があるといった理由から各地で追放されてきた過去があるので、こうしてそれぞれが一つの山を共有できている様子は感動すらおぼえる景色。要は、ルールを明確化して守ることが重要なのだ。
さらに歩き進めると、突然ひんやりとした空気に変わった。と同時に、目線にあった茂みが視界から切れ、斜め前方に冠雪した白馬三山がいきなり姿を現した。
圧倒的で荘厳なスケールに、鼻歌気分のトレッキングモードから一気に山岳登山気分。雪山から吹き付けてくる冷たい風もあいまって、少し恐怖も覚える。こんな絶景を眺めながらMTBを思い切り滑走できるなんて、素晴らしいアクティビティを始めたな~と感心する一方で、これまでスノーシーズンしか稼働してこなかったスキー場で、見方を変えるだけでこんな‟お宝”を掘り起こせるのだと思うと、つくづく視点の大切さを感じた。
ここはスイス?「マウンテンハーバー」の‟快適絶景”
9時に上り始めて1時間半で山頂に到着。人が少なかったトレッキングルートとは裏腹に賑やかな山頂に驚いた。ゴンドラで上がってきた人たちだが、その人たちの軽装ぶりがまるで街のような雰囲気を醸し出していた。登山客でもMTBに乗る人でもない、”普通の人たち”がなぜこんなにたくさんここに集まっているのか。その理由の矛先は、気軽に登山をしたかのような絶景を楽しめるニュースポット「Hakuba Montain Harbor」にあった。
すでにご存知の方も多いと思うが、白馬マウンテンハーバーは2018年10月に白馬・岩岳にオープンした、標高1289mの山頂テラスだ。岩岳にせり出すように設けられたテラスから望む、南北に広がる北アルプスの美しさがSNS等で話題となっている。スキー人口の減少で厳しい経営に直面するなか、グリーンシーズンの集客を狙って打ち出した観光策だそうだが、その効果は大きく、オープン1年目にして約3倍もの集客に成功したという。
実際に訪れてみた感想は、一言でいえば「日本じゃない」だ。眼前に広がる雄大な山並みがヨーロッパアルプスを思わせるというだけでなく、山を眺めるスタイルが、かつて訪れたスイスのそれを思わせた。
日本ではこうした絶景をみるためには登山用の装備を整えて長時間かけて登頂し、テント、もしくは年季の入った山小屋で、休めるだけでもありがたいという生活レベルで山を眺めるのが常だ(それはそれで良いのだが)。しかし、ここには東京でも人気のニューヨーク発のベーカリー「THE CITY BAKERY」が出店しており、そのパンとコーヒーを堪能しながらウッディーなテラス席で景色を楽しむことができる。
スイスではこのような洗練されたスタイルのレストランをあちこちで目にし、日本との”山文明”の違いを感じていただけに、この光景を目にしたときには「ついに日本もここまで来たか~」と感慨深いものがあった。観光のアイデアのヒントは国内の他の自治体ではなく、似たような観光資源をもつ海外に探すべきなのだろう。
せっかくなので自分もコーヒー片手に…と思ったが、これまた買い求める人たちの行列を見て断念。写真スポットもそうだが、この行列を為す風景だけは、どうしても洗練されたスイスのようにはいかない。
まさかの誤算でダウンヒルならず…
マウンテンハーバーをあとにして、いよいよお待ちかねのMTBダウンヒル! と思い、レンタル受付と思しきテントに行ってみると、なんとここで貸し出しているのは山頂周辺のトレイルを走るMTBのみとのこと…。
「ダウンヒルしたいんですが…」
「その場合は下でレンタルしていただく必要があります。ゴンドラに載せて上がってきて下ってください」
考えてみればここはスキー場。レンタルスキー方式だ。「ダウンヒル=頂上出発=頂上でバイクレンタル」と思い込み、ノコノコとやってきてしまったことに愕然。ちゃんと調べなかった自分を反省しながら渋々ゴンドラの山頂駅へと向かった。すると下からMTBを載せて上がってくるゴンドラ。ああいうことか…とさらに反省しきり。
しかし、往路で歩いた紅葉のトレッキングコースを期せずして上空から眺めることができたので、今回はむしろこれでも良かったのかもしれない(と言い聞かせる)。次回、春になったら今度こそ新緑の森をMTBで滑走したいと思う。
ちなみに、山頂駅から復路のみのゴンドラ利用客は多くないようで、山頂駅では乗車券を購入できず、下山後、ゴンドラのチケット売り場で少しイレギュラーな扱いで片道料金を支払うことになった。
次回は自転車天国<後編>、小谷村でのヒルクライムレポートを紹介します。
<次回、「小谷山ヒルクライム編」につづく>