自転車天国・白馬<後編> ”峠”を観光資源にした小谷村

 自転車天国・白馬<前半>のマウンテンバイク(MTB)フィールドの紹介に引き続き、<後編>はロードバイクでヒルクライム(峠を上る)をとことん楽しめる小谷村(おたりむら)を紹介する。北アルプス白馬山麓に位置する小谷村は「平地を探すのが難しい」といわれるほど坂道だらけのエリア。そんな特長を生かし、脚力のレベルに応じて楽しめるコースをなんと8つも設定しているという。…というと、スポーツバイクに乗らない人からすれば「自転車で坂を上って何が楽しいの?」と不可解に思うだろう。しかし、サイクリストの中には「坂好き」という人種が存在し、しかもその数は少なくない。そんな”苦行”を楽しむというニッチなアクティビティを観光に昇華させた小谷村を走ってみた。

白馬<後編>はロードバイクで小谷村ヒルクライム

サイクリストにとって峠はアクティビティ

 「ロードバイクでヒルクライム放題」「選べる8コース(坂)」「全コース合計で獲得標高4,432m」。多くの一般人にとって、これらの謳い文句はただの地獄にしか見えないだろう。ママチャリで走るとき、坂はストレスの対象でしかない。私もそうだった。

 しかし、その坂に心を躍らせる人種がいる。ロードバイクに乗るサイクリストだ。坂を上る苦行そのものに楽しさを見出す、ちょっと奇特な人種もいるが、そこまでとはいかずとも坂を攻略したときの達成感はサイクリストにとって自転車に乗る上での醍醐味の一つとなっている。

ロードバイクを始めた人の多くが、坂がないと物足りなく感じるようになるという

 ただでさえマイナースポーツだったロードバイク。ヒルクライムという遊びは、さらにその中の一部のサイクリストたちの遊びと思われていた。しかし近年、サイクリスト人口の増加とともにそのヒルクライムが脚光を浴びるようになってきた。その理由は全国各地での「ヒルクライムレース」の増加だ。

 コースは長くても20km前後、スピードが遅いので接触事故の危険性がない、といった理由が自治体も開催しやすかったようだが、一方でそれらの大会が全国のヒルクライムファンを呼び覚まし、開催すればあっという間に定員達成した。するとますます大会は増え、相乗効果的に参加者も増加。日本を代表する「Mt.富士ヒルクライム」という大会では、参加者1万人を超えるまでに成長した。その結果、いまや自転車界ではヒルクライマーを「坂バカ」と呼ぶ愛称が誕生した。

 そんなヒルクライム人気の高まりを受けて、坂々しい地形を“観光資源”として活用したのが小谷村だ。海=海水浴、山=登山、雪山=ウィンタースポーツといった観光資源に、「峠=ヒルクライム」という新しい切り口を見つけ出した。前編で紹介した、スキー場のグリーンシーズンをMTBコースとして活用できることを見出した白馬岩岳と同じく、既存の視点を柔軟に変えることでフィールドを作り出した全国的にも珍しい事例といえるだろう。

よりどりみどり!選べる8コース

 ということで、早速小谷村のヒルクライムコースを紹介していこう。先述した通り、コースは体力に応じて選べる全8種類。距離2.4km・獲得標高(上った距離の合計)が140mの体力レベル「★」のコースから、距離17.3km・獲得標高1205mの体力レベル「★★★」のコースまで実にバリエーション豊かだ。地元のキーマンとなるヒルクライマーが監修しているのだろう。コースプロファイルと体力レベルの設定の的確さはもちろん、コースの魅力を伝える解説やマップが非常にサイクリストのツボを押さえている。

小谷村のヒルクライムコースマップ。詳細はこちら ©Otari Cycle Tourism Association

  今回、我々が挑戦したのは最も難易度の高い、標高1800mにある「栂池自然園」を目指すコース。麓から栂池自然園までの17.3kmを、北アルプスの山並みを眺めながら上るコース。途中から冬場はスキー場になる林道12kmを駆け上がり、上るにつれ景色が変化するという、小谷村が自信をもっておすすめする健脚向けコースだ。

1km区間ごとに道標が設けられた道標。大きな数字はここまでの走行距離。その下にある数字はフィニッシュまでの残りの距離。左下は獲得標高、右下は次区間までの平均斜度と手厚い情報
ヒルクライムスタート! 栂池コースが楽しめるシーズンはウィンターシーズン以外の6~10月。当日は10月末で、スタート地点(標高約600m)は晩秋の様相
標高が上がるにつれて開けていく展望。眼下に小谷村の集落が広がる

 平均斜度は7%程度。「平均斜度」を現す場合、斜度の強弱が平均化されているケースもあるが、このコースは全体的に7%程度という印象で、ロードバイクでマイペースに上るのであれば、それほど息が上がることなくペダルを回せるだろう。

頭上を栂池自然園へと向かうスキー場のゴンドラ。ここがスキー場であることを思い出す

 上るにつれ、頭上を行くゴンドラが間近に見えてくる。栂池自然公園へと向かう観光客を運ぶゴンドラだが、それはグリーンシーズンの姿であって、本当の姿(?)はスキー場のゴンドラだ。冬季は辺り一面すっかり雪に覆われてしまい、ここ一帯はゲレンデになる、といわれても、いまの風景からはまるで信じられない。

 などと思いながらさらに上り続けると、視界が開けたところで雪をかぶった白馬三山がいよいよ姿を現した。前回の白馬岩岳でもそうだったが、一定の標高に達すると突然これらの山が現れ、圧倒される。

視界が開けた先に突然現れた白馬三山

季節の変わり目は標高1500m地点

 景色の変化とともに、次第に空気も変わっていく。11月らしい秋の空気だった麓とは違い、ひんやりとした初冬の冷気が漂い始めた。足元に目をやると雪。およそ1500m地点が、季節の変わり目だったようだ。

標高1500m辺りから雪が現れた

 幸い、この日は快晴で気温も高かったため、前日に降ったと思われる雪も解けていたが、これで真逆のコンディションだったら、この先上り続けられたかどうかわからない。また、今日も午前中は路面が凍結していた可能性があるし、さらにはこれ以上時間が遅くなると再び凍結する可能性もある。期せずしてグッドタイミングだったわけだが、年内にここでヒルクライムができるのは、これが最後だと思った。

凍結は免れたが、路面は濡れた落ち葉で滑りやすい状態に。グラベル仕様のタイヤで来てつくづく良かった

 空気はますます冷え込み、かいた汗が蒸気となってアイウェアを曇らせる。火照った体にひんやりとした冷気が心地良いが、漕ぐ脚を止めたら一気に汗冷えで体温が奪われそうになる。雪の量も増え、解け切らなかった雪が氷となってゆく手を阻む箇所もあったが、ここまで来たら最後まで、と雪を避けながらようやくゴール。「FINISH」という看板が嬉しい。

ヒルクライムのゴール地点の標高は1784m

 思えば、ここに至るまで1kmごとにこの道標が設けられており、背中を後押ししてくれた。初めて上る峠というのは”土地勘”がなく、ゴールまであとどれくらいか先が見えなくて心が折れそうになることがあるので、現在地を教えてくれるこの道標の存在はとてもありがたかった(あと残り5kmなの~?という気持ちにもなったりしたが…)。

 栂池自然園まで自転車押し歩きし、休憩してすぐ下山。時計が14時を回っていたので、上ってきた雪道を思うと冷え込みが強くなる前の下山は必至だった。ちなみに、自然園にいた観光客の方々(ゴンドラでアクセス)は自転車で上ってきた我々をリスペクトしてくれた。それだけでとっても報われた気分になるから、サイクリストという人種はほとほと達成感に弱い。

栂池自然園の売店に売られていた巨大な雷鳥のぬいぐるみ。雷鳥好きな方、是非

雷鳥のてぬぐい。冬の姿(写真左)と夏の姿がある

 今回は8つある小谷村のヒルクライムコースでも最難関コースである「栂池自然園コース」を走った。色とりどりの紅葉から肝を冷やす雪の登場へと、”標高”による自然の変化を体感できたことは、ある意味このコースの醍醐味だったように思う。きっとこの小谷村を”ヒルクライム天国”にしたのは、山を知り尽くしたヒルクライマーなのだろう。残る7コースもますます楽しみになった。

 次は春に走ってみよう─。と全制覇に向けて計画を立てながら、ますます軽井沢にある拠点の重要性が増していくのだった。

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