「警戒レベル1」で登山解禁 浅間山の火山ワールドに迫る<前編>
「浅間山の噴火警戒レベルが1に引き下げられました」─という知らせが入ったのは先月の2月5日。2020年6月25日以来、約7カ月ぶりの引き下げだという。これが意味するのは、噴火の可能性に対する警戒レベルが下がったという事実だが、登山愛好者にとっては「百名山の活火山、浅間山に登れるチャンス」であること意味する。浅間山といっても実質登れるのは外輪山の前掛山(まえかけやま)だが、活火山である主峰・釜山には近づけないため前掛山を浅間山と見なし、「百名山踏破」を目指す登山者が規制解除とともに押し寄せるという。我々がこのことを知ったのは昨年末の黒斑山登山のとき。同行してくれたガイドさんが黒斑山の頂上から見える前掛山の登山道を指さして教えてくれた。「へぇ~」と思いながらそんな話を聞いていたわずか1カ月後、期せずして自分たちの前にその門戸が開かれることになった。
「噴火警戒レベル」とは火山の活動状況に応じた防災対応や警戒範囲を示すものとして気象庁が発表する指標で、1~5までの5段階のレベルが設けられている。浅間山をめぐっては近年は1~3の間で警戒レベルが推移しており、その都度入山制限が変動している。
今回、警戒レベルが2「火口周辺規制」(火口から概ね2km立入禁止)から1「活火山であることに留意」(火口から500m以内立入禁止)に引き下げられたので、「賽の河原分岐」から前掛山頂上までを含む全ルートが解禁となった。
特段「百名山制覇」を目指しているわけではないが、ガイドさんから前掛山の話を聞いて以来、少し興味をもっていた。「規制が解除されると富士山のように登山者が押し寄せる」とも言っていたので、ためらう気持ちもあったが、いつまた規制されるかわからない火山。行けるうちにと思い、急きょ翌週の前掛山周辺の天候を調べた結果、「えっ、2月13日(土)快晴、しかも無風!」。トントン拍子に山行が決まった。
朝7時半過ぎで駐車場に滑り込みセーフ
朝8時の登山開始を目指し、当日の朝は7時過ぎに軽井沢の自宅を出発した。登山口となる天狗温泉までは24km、約40分ほどの道のり。いつもロードバイクで上っている車坂峠の途中にあるので、クルマで走るのが少し不思議な感覚だった。そんなことを思っていると、行く手にサイクリストの姿が。
たくさんの荷物を積載して、しかも同じような旅スタイルのサイクリストが複数人連なっている。一見若者のような印象。小諸から上ってきたのだろうか。気温が上がるとはいえ、まだ2月の早朝。「眠い、寒い、重いの三重苦に加えてヒルクライムって…若いわ~」と自分のサイクリスト的衰えを感じつつ追い抜き、高峰高原に向かう車坂峠を外れて天狗温泉へと向かった。
天狗温泉に到着すると、もう駐車場は満車に近い状態。急きょ、浅間山荘のスタッフが除雪していたもう一つの駐車場に納まることができた。多くの人はすでに7時に登山を開始している模様。スタッフの人いわく、警戒レベルが下がってからは天気の良い日は平日でもこの状態とのこと。これ以上遅かったら停めることができず、引き返すはめになったかも…。ぎりぎりセーフだった(※駐車料金は1日500円)。
予定通り、午前8時に鳥居をくぐって天狗温泉浅間山荘を出発。とその前に、浅間山荘では万が一の噴火時に備えてヘルメットの無料貸し出しを行っている。火山岩が飛んできたらヘルメットで済まないだろうな…と思いつつ、ヘルメットは登山装備としても有用なので借りておいて損はない。そして次の休憩所「火山館」までトイレはないので、心配な人は天狗温泉で済ませておこう。
標高2524mの前掛山を目指す今回のルートは、片道距離6.5km(往復13km)、累積標高1253mの道のり。主な通過ポイントは以下の通り。
①天狗温泉⇔②一ノ鳥居⇔③不動の滝⇔④二ノ鳥居⇔⑤火山館⇔⑥湯の平分岐⇔⑦賽の河原分岐⇔⑧前掛山
①~⑥まではゆるゆると登り、⑦から⑧にかけて一気に急登を登るルート。コースタイムの要所は途中にある唯一の休憩所「火山館」で、スタート地点から頂上までの中間地点としてそれぞれ90分、片道通算3時間のコースタイムを設定した。とてもわかりやすい道のりで、難所もないので、ビギナーの雪山デビューにはもってこいの山だ(毎シーズン登れるならば…だが)。
このルートの他に黒斑山・蛇骨岳・仙人岳~Jバンドと外輪山を経由してくる上級者向けのコースもあるが、今回は初の入山で、しかも積雪期なので一般的なルートを選ぶことにした。
いざ、火山の世界へ
不動滝あたりまでは登山靴のまま、いわゆる‟ツボ足”で歩いてきたが、このあとに始まる登りに備えてアイゼンを装着。ちなみに今回の装備について説明すると、上下アウターは冬仕様の防水ウェアを着用。正午に向けて春のような陽気になるという予報を信じて、アンダーウェアはメリノウールの薄手上下、中間着には汗に強い化繊綿で調整しやすい服装にした。そして足にはアイゼン、手には先っぽを雪山仕様にしたポール。ピッケルやスコップ等は天候や山の難易度を鑑みて今回は持参せず、補給食や水等全ての荷物をトレランのザック(10L)に携行できる程度に収めた。
2月ながら降雪のない日が続き、前日に続いて最高気温が9℃まで上昇するという小春日和。雪も締まった状態だったが、アイゼンを履くとサクサクと爪が雪に食い込み、より歩きやすくなった。今回は手持ちのアイゼンで対応したが、今回ような積雪であれば本格的なアイゼンでなく、少し簡易的なスノースパイクでも良いだろう。「大は小を兼ねる」というがアイゼンの場合は大きいと歩きにくさや重さにも影響するので、小ぶりなもので済むなら、それに越したことはない。
一ノ鳥居から40分ほどで弐の鳥居に到着。ここから「長坂」と呼ばれる、少し斜度が強い登り区間が続く。途中、この先の「火山館」で使う薪が積まれており、歩荷協力の看板があった。1人1本、持てるなら2本。積み重なると相当な量になるだろう。火山館は無料休憩所だが、その代わりにちょっとの気持ちで運営に貢献できるのが嬉しい。
歩みを進めると斜度が緩み、「カモシカ平」という広い登山道に出た。その名の通り、二ホンカモシカの出現率が高いそうだが、この日は残念ながら往路も復路もカモシカの姿を見ることはできなかった。が、そこにはその残念さが吹っ飛ぶほどの絶景が待ち構えていた。壁のようにそびえる浅間山の外輪山だ。
浅間山は三重式の成層火山で、第一外輪山は黒斑山、牙(ぎつぱ)山、剣ヶ峰、それらの内側にある前掛山は第二外輪山となる。カモシカ平はその第一外輪山が勇壮な姿を現す最初の場所。いってみれば、火山の世界に入る玄関口のようなものだ。
鉄鋼成分が沈着して赤く染まった蛇堀川(じゃぼりがわ)の源頭部。周辺に立ち込める硫黄の匂いに、徐々に火山に近づいていることを実感する。
浅間山の門番「火山館」
スタートから80分ほどで「火山館」に到着。浅間山の門番のような山小屋だが、ログハウス調にソーラーパネルと、想像していたより近代的な建物だ。火山館は無料休憩所として一般に開放されており、休憩や軽食がとれるテラス、公衆トイレ(バイオトイレ)も完備されている。 水は豊富に出ているので、給水所としても使える。また、1階部分は急な噴火に備えてシェルターになっている。
火山館には信州大学で作成されたという浅間山の模型がある。山小屋のご主人いわく、縮尺が正確かつ精密で、現存する浅間山の模型としては最も現物を再現しているものだそう。ちなみにこのご主人も、番人のような雰囲気が漂う味のあるお方だ。
そのご主人に「ここが軽井沢」と指さされた地点から模型を眺めてみると、たしかに見覚えのあるいつもの浅間山が見えた。そこからは現在自分がいる地点はもちろん、前掛山も見えない。いつも眺めて慣れ親しんでいる気でいたが、いやはや、私は浅間山のことを何も知らなかったのだ。
トイレ休憩を済ませ、気温上昇に備えて服装も調整。ヘルメットも被り、身支度完了で火山館をあとにした。
火山館の少し上にある浅間神社の脇を登ると、登山道は平坦となり、湯の平高原の分岐に。その先に広がる「トーミの頭」から続く第一外輪山(黒班山・蛇骨岳・三人岳・鋸岳)の絶景を堪能しながら、樹林の中へと歩みを進める。
次回はいよいよ、浅間山(前掛山)の頂を目指す。
①天狗温泉⇔②一ノ鳥居⇔③不動の滝⇔④二ノ鳥居⇔⑤火山館⇔⑥湯の平分岐(いまココ)⇔⑦賽の河原分岐⇔⑧前掛山
<後編へ続く>